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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)2247号 判決 1988年7月29日

原告

南城洸子

原告

南城進一

原告

宮下万里子

原告

吉田綺子

右原告ら訴訟代理人弁護士

飯塚俊則

被告

株式会社兜屋画廊

右代表者代表取締役

加藤義夫

右訴訟代理人弁護士

水戸守巌

主文

一  被告は、原告らに対し、別紙物件目録記載六及び九の各絵画を引き渡せ。

二  右引渡しの強制執行が不能となった場合には、被告は、原告ら各自に対し、右の絵画一点につき各金六万八七五〇円の割合による金員をそれぞれ支払え。

三  被告は、原告ら各自に対し、各金六八万七五〇〇円ずつ及びこれに対する昭和六一年一一月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告は、原告らに対し、金五〇万円及びこれに対する昭和六一年一一月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告らのその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの負担とし、その一を被告の負担とする。

七  この判決の三項及び四項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1(一)  主位的請求

(1) 被告は、原告らに対し、別紙物件目録記載一から五まで、七及び八の各絵画を引き渡せ。

(2) 被告は、原告らに対し、別紙物件目録記載六及び九の各絵画を引き渡し、右引渡しの強制執行が不能のときは、右各絵画につき一点当り金三三〇万円の割合による金員を支払え。

(二)  予備的請求

被告は、原告ら各自に対し各三〇一万一二五〇円及びこれに対する昭和六一年一一月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告らに対し金一九四万円及びこれに対する昭和六一年一一月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録記載の絵画九点(以下「本件絵画」という。)は、いずれも画家であった故南城一夫(以下「南城画伯」という。)の制作にかかる絵画であり、南城画伯の所有に属していた。

2  南城画伯は、昭和六一年二月二五日に死亡し、その甥である原告南城進一(以下「原告進一」という。)並びに姪である原告南城洸子(以下「原告洸子」という。)、原告宮下万里子(以下「原告万里子」という。)及び原告吉田綺子(以下「原告綺子」という。)が、それぞれ一六分の一の相続分をもって南城画伯の遺産である本件絵画の所有権を相続によって取得した。

3  被告は、絵画、美術品等の委託販売等を行う画商であるが、南城画伯の死後、原告らに無断で本件絵画を持ち出してしまい、原告らの返還要求に応ぜず、これを占有している。

4  仮に本件絵画が被告の手もとにないとすれば、被告はこれらを原告らに無断で昭和六一年一〇月三一日までに他に売却処分してしまったものである。

5  南城画伯の絵画は昭和六一年当時一号当り三三万円で取引されており、本件絵画の号数は別紙物件目録記載のとおり合計で一四六号になるから、その価格は合計四八一八万円となり、原告らは、被告の右の行為によってそれぞれ右四八一八万円の一六分の一に当る三〇一万一二五〇円の損害を被ったことになる。

6  原告らは、被告に対する右の損害賠償請求権を行使するため、弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し、同人に対して連帯して弁護士費用を支払うことを約しているが、右弁護士費用のうち少くとも金一九四万円は被告の右不法行為と相当因果関係のある損害に当るものと考えられる。

7  また、本件六及び九の各絵画は、現在被告の手もとにあったとしても、その引渡しの強制執行は不能に終るおそれがあり、右各絵画の一点当りの価額はいずれも金三三〇万円を下らない。

8  よって、原告らは、被告に対し、主位的に本件絵画の所有権に基づきその引渡しと本件六及び九の各絵画の引渡しの強制執行が不能となったときの代償請求として右各絵画一点当り金三三〇万円の割合による金員の支払を、予備的に不法行為による損害賠償として予備的請求の請求の趣旨記載のとおりの金員の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、南城画伯が昭和六一年二月二五日に死亡したことは認めるが、その余の事実は知らない。

3  同3の事実は認める。ただし、現在被告が占有しているのは本件六及び九の各絵画だけであり、その他の絵画はすでに他に処分済みであり、被告の手もとにはない。

4  同4の事実は認める。ただし、本件六及び九の各絵画は現在被告の手もとにある。

5  同5から8までは争う。

三  抗弁

1  被告は画商として南城画伯とは昭和三九年以来二〇年を超える親交があり、同画伯のほぼ全作品の販売を被告が専属的に取り扱っていた。

2  被告と南城画伯との間では契約作家方式と称される専属的取引契約があり、南城画伯が絵画の制作を開始すると同時に作品の代金の三分の一から五分の一程度の金額を被告が南城画伯に支払い、以後作品が完成していくのに応じて代金を積み増して支払っていくという方法で、被告が南城画伯の全作品を買い取る旨の合意がなされていた。

3  本件絵画についても、被告から南城画伯に対してその生前にすでに代金の一部を支払い済みであり、同画伯からその処分を任されていたものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2及び3の事実は否認する。本件絵画は、いずれも未だ制作途中の未完成品であり、このような作品の処分を生前に南城画伯が被告に依頼するといったことはあり得ないことである。

第三  証拠<省略>

理由

一本件絵画がいずれも南城画伯の制作にかかる絵画であって同画伯の所有に属していたこと及び同画伯が昭和六一年二月二五日に死亡したことについては、いずれも当事者間に争いがない。

また、<証拠>によれば、原告らはいずれも南城画伯の甥又は姪として同画伯の相続人となり、その法定相続分はいずれも一六分の一となることが認められる。したがって、原告らは、いずれもその相続分に応じて本件絵画に対する共有持分を取得するに至ったものと言うべきである。

二南城画伯の死後被告が原告らに無断で本件絵画を持ち出してしまったこと、そのうち本件六及び九の各絵画が現在被告の手もとにあることについては当事者間に争いがない。また、<証拠>によれば、被告の方ではその後昭和六一年五月から一〇月ころまでの間に本件絵画を他に売却、処分してしまったことが認められる。なお、弁論の全趣旨によれば、本件六及び九の各絵画が現在被告の手もとに戻っているのは、本件訴訟の審理中に当裁判所が和解勧告を行った際、裁判所からの勧めに応じて被告側でこれを売却先から買い戻したことによるものであることがうかがえる。

三次に、右のような被告による本件絵画の持出しと売却処分が原告らに対する関係で不法行為を構成するか否か、また被告主張の抗弁が認められるか否かについて考えるに、<証拠>によると、この間の事情は次のようなものであったことが認められる。

1  被告代表者の加藤義夫(以下「加藤」という。)は昭和三九年ころに南城画伯と知り合い、以後画商として同画伯との親友を深めるようになり、昭和四一年に被告会社で同画伯の個展を開いてからは、同画伯の制作にかかる絵画を殆んどすべて被告において専属的に販売することとなった。南城画伯は寡作家であって、年間の制作点数が数点程度しかないため、その生活費を保障するという意味もあって、制作の開始と同時に被告から同画伯に対して代金の一部を支払い、以後制作作業の進行に従って代金を払い足していくという方法がとられ、作品が完成した時点で被告がその引渡しを受けて、これを他に売却していた。

2  南城画伯は昭和五七年ころから群馬県安中市にアトリエを建てて居住しており、昭和六一年一二月一八日にその住居から病院に入院し、翌六二年二月二五日に死亡するに至ったが、その当時本件絵画はいずれも未完成の作品であって、右のアトリエに残されていた。その後原告らの間では、原告進一が右アトリエの整理や南城画伯の未完成の作品の処理を行うこととなり、そのため本件絵画を被告の方で持って行かないようにして欲しいとの意向が原告進一から加藤に対しても何度か伝えられていた。

3  ところが、南城画伯の妻のリウ(以下「リウ」という。)からは加藤に対して本件絵画を被告の方で処分してもらいたいとの申し出があったようであり、被告の方では、昭和六二年四月ころから六月ころまでの間に、本件絵画を原告らには無断で被告のもとに搬出してしまい、その後これを他に売却処分してしまった。なお、その後被告からリウに対しては、本件絵画の代金として五五〇万円の金員が支払われているようである。

以上のような事実関係からすると、本件絵画がいずれも未完成の作品であって南城画伯の生前には被告のもとに引き渡されていなかった以上、その所有権は南城画伯の死亡によってその相続人らに移転することになったものと言わざるを得ず、この場合、同画伯の生前に同画伯から被告に対して相続人の意思に反してまで本件絵画を処分する権限が与えられていたものとまですることは困難なものと言わなければならない。しかも、被告は、相続人の一人であるにすぎないリウの意向を受けて、それが原告ら他の相続人の意思に反することを知っていながら、本件絵画を被告のもとに搬出し、これを他に売却してしまったのであるから、被告の行為は原告らに対する関係ではその本件絵画に対する共有持分権を侵害する不法行為を構成するものと言わざるを得ない。

四そこで被告の行為によって原告らの被った損害の額について考えるに、<証拠>によれば、昭和六一年当時南城画伯の絵は一号当り三三万円の価格で取引きされており、本件絵画の大きさを号数に換算すると、現在すでに被告の手もとにない本件一から五まで、七及び八の各絵画の号数の合計は約一〇〇号になるが、本件絵画はいずれも未完成の作品であって、その価格は完成品の場合の約三分の一程度になるものと認められるから、結局本件六及び九の各絵画を除いた本件絵画の価格の総合計は一一〇〇万円程度であったものと認めるのが相当である。したがって、原告ら一人当りの損害額はその一六分の一に相当する六八万七五〇〇円となる。

また、原告らは、弁護士費用として一九四万円の損害の賠償を求めているが、本件訴訟の内容等諸般の事情を考慮すると、被告の不法行為と相当因果関係のある損害として原告らが被告に対してその賠償を請求できる金額は、五〇万円をもって相当とすべきものと考えられる。

五更に、前記のとおり本件六及び九の各絵画は現在被告の手もとにあるから、原告らはその共有持分権に基づき被告に対しその引渡しを求めることができるものと認められるが、右に認定したような事実関係からすれば、その引渡しの強制執行が不能に終るおそれがあるものと考えられる。その場合に原告らにおいて代償請求として支払を請求することのできる金額は、被告代表者本人尋問の結果により右の各絵画の大きさがいずれも一〇号に相当しその価格が一点当り一一〇万円程度であると認められることからすると、原告ら一人当りにつきその一六分の一に相当する六万八七五〇円になるものと言うべきである。

六以上の次第であって、原告の本訴請求は、主位的請求については、本件六及び九の各絵画の引渡しとその引渡しの強制執行が不能のときに右各絵画一点について原告ら各自に対し各金六万八七五〇円の支払を求める限度で、予備的請求については、原告ら各自に対し各金六八万七五〇〇円及び原告らに対し金五〇万円並びにこれらに対する前記不法行為の日の後である昭和六一年一一月一日から支払済みに至るまでいずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官涌井紀夫)

別紙物件目録

(絵画作品名)  (号数)

一 赤城山    四〇号

二 森      三〇号

三 狩人     三〇号

四 自画像     八号

五 能       六号

六 坂と人     八号

七 サーカス    六号

八 テニス    一〇号

九 地蔵      八号

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